駿府の練物禁止を招いた八幡町の喧嘩
どんな伝承か
慶応三年十月六日から、駿府では練物すなわち踟が出て、その見物のため昼夜をわかたず在方からも人出があってにぎわった。男の女装、女の男装などの狂乱状態になり、銭・餅・蜜柑などが盛んに撒かれた。この騒ぎのなかで静岡浅間神社への参詣が流行し、その賽銭は莫大なものとなった。やがて奉行所へ無届けの山車が出されるようになり、そのうえ九日に八幡町で喧嘩が起きて、町役人が仲に入り夜半に落着した。奉行所はついに十日に差留令を出して練物を禁じ、以後はお札降りがあっても竹や榊を三日立てるだけに制限した。十月中旬に入ると地味な幟ばかりの裸参りとなり、しだいに鎮まった。
原典より
十月六日から練物=踟が出て、この見物のために昼夜をわかたず在方からも人出があってにぎわい、男の女装、女の男装などの狂乱状態になり、さかんに銭・餅・みかんなどが撒かれた。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。