与吉塚
どんな伝承か
上松山村の与吉は腕自慢で喜連川の村と勢力争いをしていた。勝てぬ喜連川の若者らが与吉を氏家道へおびき出し、隠れて棒や石で打ちのめして殺害。村人が哀れんで近くに埋め塚を盛ったのが「与吉塚」だという。
原典より
昔々、上松山村に、与吉っつう若え衆が居だんだど。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言の語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を五十音順に並べる。