信玄の墓前と大泉寺へ向かった農民
どんな伝承か
降札の祝宴が高まるなかで、甲斐でもおかげ参りに似た参詣が出たが、それは土地の神社への礼参りだったとみられる。万才村の深沢五郎作は「諸事控帳」に、東河内領の農民およそ二千人が武田信玄の墓前で大小切税法の存続を嘆願するため、めいめい襟に赤と白の梵天を掛け色旗を押し立てて甲府を通ったこと、西郡筋の農民千七、八百人も同じように大泉寺参りをしたらしいことを書き留めている。著者はここに一揆的な要素を見つつ、天領の甲州では公然と権力に逆らう結集が難しく、信玄の権威を借りて要求を示したと解釈している。
原典より
万才村の深沢五郎作は、その「諸事控帳」で、東河内領農民およそ二千人が、武田信玄の墓前に大小切税法の存続歎願をするため、「めいめい襟に赤白のぼんでんをかけ、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。