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問屋に降った札と町会所の触れ

所在地神奈川県横浜市中区本町三丁目
年代慶応3年(1867)11月15日〜24日ごろ
登場酒問屋ら
出典ええじゃないか

どんな伝承か

慶応三年十一月十五日の夕方、横浜の波止場の見張番所や本町三丁目のあたりに札が降って群衆が参詣し、十七日までに横浜では三十か所あまりに降った。参詣人が押し寄せ、酒二十樽、米百俵、餅や蜜柑が毎日ふるまわれたという。二十日には穀物・酒問屋に大黒天、海船問屋に九頭龍権現、呉服屋に戸隠大権現、程ヶ谷宿入口の田口屋に蛭子大黒天が降り、程ヶ谷と横浜では十日から二十日までに二十軒ほどに札が降った。二十一日、町会所は施しは勝手だが往来への積み物や投げ餅は三日限り、祭礼は禁止と触れたが、二十四日ごろも騒ぎはやまず、禁令はさらに強められた。

原典より

こうした状態に対して、二十一日に町会所は、施し物などの差出しは勝手だが、往来へ積み物や投げ餅などは三日かぎり、祭礼は禁止、という触れを出すが、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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禁令投げ餅

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