大政奉還直後に始まった京のお札降り
どんな伝承か
京都でお札降りが始まった時期について、『岩倉公実記』は八月下旬としてきたが、どの町に何が降ったかも書かれておらず根拠はあいまいである。中山忠能の日記の十月二十七日の条には一昨日から三条・四条・上今出川にも降ったとあり、蘭方医坪井信良の書簡は十月二十二、三日ごろから、木版本『御代の栄』は十月中旬からとする。丹後算所村の庄屋に届いた十九日付の京都からの書状も、ここ三、四日太神宮のお祓が天から降っていると伝えていた。著者は、十四日の大政奉還の直後に始まった、政治色の濃い騒ぎだったとみている。
原典より
それは、十四日の大政奉還の直後に始まったのであり、きわめて政治的意味あいのつよいものとしてみることができる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。