峰山町域の村々に降ったお札
どんな伝承か
丹後中郡の峰山町域では、ほとんどの村に一、二軒は降札があったという。一月二十日ごろまでのあいだに、丹波村の藤村惣重郎宅へは多数が降り、山本又助宅その他へも降った。峯山町の吉田屋へも天降りがあり、橋木村の室田喜右衛門方へは正月一日に降っている。丹波村の庄屋の家では一月三日に降下があり、七日まで祝事を続けた。この地方では四月まで降下があったと『峰山郷土史』は記す。
原典より
中郡峰山町域では、ほとんどの村に一、二軒は降ったというが、一月二十日ごろまでのあいだに、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。