義経の五反口
どんな伝承か
久喜市中央の話者が、自分の畑の名の由来を語る。うちの畑には、その昔さむらいが馬をつないだという言い伝えがある。静御前の旦那様というから義経だろう。義経が頼朝に追われて逃げる時、このあたりを通ったらしい。ワシノカショウインは義経か誰かが泊まったので院号をもらったのだという。その時、川の水が洪水で渡れず、馬を全部うちの畑につないでとめたのだそうだ。それで義経が、この畑は五反口くらいあるだろうと言って「五反口」と名づけてくれたのだという。一枚で四反以上もある大きな畑で、十年ぐらい前に整理されるまでは五反口、五反口で通っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
久喜市史 民俗編――伝説・世間話(久喜市(編)・久喜市史)
『久喜市史 民俗編――伝説・世間話』は、久喜市が編んだ市史の民俗編から、伝説・世間話などの節を収めたものである。市域の話者から聞いた御陣山や吉羽の天神様の大蛇などの伝説、狐に化かされた話や天狗の話、明治四十三年と昭和二十二年の大水の話を、話者の地区と頭文字を添えて載せる。世間話は動物・妖怪・化物、社寺・小祠等、事件・事象、その他に分け、続く民俗知識と土地の話では俗信や地区ごとの地名の由来を記す。