義経の五反口
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どんな伝承か
久喜市中央の話者が、自分の畑の名の由来を語る。うちの畑には、その昔さむらいが馬をつないだという言い伝えがある。静御前の旦那様というから義経だろう。義経が頼朝に追われて逃げる時、このあたりを通ったらしい。ワシノカショウインは義経か誰かが泊まったので院号をもらったのだという。その時、川の水が洪水で渡れず、馬を全部うちの畑につないでとめたのだそうだ。それで義経が、この畑は五反口くらいあるだろうと言って「五反口」と名づけてくれたのだという。一枚で四反以上もある大きな畑で、十年ぐらい前に整理されるまでは五反口、五反口で通っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
久喜市史 民俗編――伝説・世間話(久喜市(編)・久喜市史・自治体史(民俗))
埼玉県『久喜市史 民俗編』所収の伝説と世間話。現在の久喜市に伝わる口承を、伝説(12話)と世間話(動物・妖怪・化物、社寺・小祠、事件・事象など59話)から採録する。
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久喜市の伝承
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