癒えた弟子が刻んだ天然の霊術記念碑
どんな伝承か
桑原天然の死後、静岡にいた一番弟子の岸本一念は師の術をしっかり受け継いでいたが、新しい霊術が勢いを増すのを前に師の早すぎる死を深く悼み、記念の石碑を建てようと決めた。碑を彫ったのは、岸本の霊術で病が治った市木乙彦である。大正九年四月、桜が満開の清水山公園で除幕式が開かれ、岸本や市木、弟子たち、当時朝日新聞の静岡支社に勤めていた天然の息子の碩郎ら二十人ほどが集まった。幕が落ちると拍手と歓声がわき、目をうるませた岸本は碩郎に祝いの握手を求めたという。
原典より
岸本一念の霊術によって病気が平癒した市木乙彦が彫刻、いよいよ除幕式の当日がやってきた。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。