熊手市でにぎわう鷲神社
どんな伝承か
十一月の酉の日に立つ酉の市は、もとは市とは呼ばず「酉のマチ」といった。マチは祭のことである。鷲神社や大鳥神社の縁日にあたり、熊手市とも呼ばれた。江戸の酉の市の始まりは足立区花畑町の鷲大明神の祭礼だったといわれるが、今では浅草のお酉さまが百数十万という都内最高の人出を集め、二百軒もの熊手屋が並ぶ。この浅草のお酉さまが台東区竜泉寺町の鷲神社で、もとは鶏大明神と呼ばれていた。武運を祈る武士の神から、芸能人や花柳界、飲食店主の開運の神へと変わっていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。