馬沼から出た名馬生月
どんな伝承か
広瀬神社の境内にある馬沼からは、生月という白い名馬が出現したと伝えられる。鎌倉時代、社殿の南方約二百メートルに東西に通ずる道路があり、西は勝負沢を越して越後に至り、東南は本郷を通って日光街道に出て鎌倉に至る、当時の越後本街道といわれた。ある時、越後の守護地頭が鎌倉へ行く途中、この地で老婆に引かれながら草をはんでいる見事な白馬を見つけ、多額の銀を与えて譲り受け、頼朝に献上したという。その後、宇治川の先陣争いで佐々木四郎高綱が乗った名馬生月がこの白馬であったと言い伝えられている。それ以来この部落では白馬の飼育を禁じられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。