碓氷峠の修験者が配る峠のはんじ
どんな伝承か
一年の天気や風雨を占う習いとして、ほかの事柄と結びつかずに報告が寄せられたのは町内で下海瀬だけだった。碓氷峠の権現様に仕える修験者が家々を回り、「峠のはんじ」と刷り込んだ紙を置いていったという。大正の初め頃までのことであろうと推し量られている。同じ下海瀬には、白い衣を着た権現様の人が、豊凶を占ったお札を村の家々に売り歩いたという話も伝わる。
原典より
碓氷峠の権現様の修験者が各戸をまわり「峠のはんじ」と紙に印刷したものを配ったということである。—— 佐久町誌 民俗編――俗信(佐久町(編)・佐久町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐久町誌 民俗編――俗信(佐久町(編)・佐久町誌)
『佐久町誌 民俗編――俗信』は、十石峠から横岳に及ぶ佐久町の町誌のうち、町内の俗信を扱った民俗編の一部である。大日向・余地・高野町・上区・花岡など各地区で採集した天候や作柄、火事や死の予兆、夢と縁起、易者や戸隠神社の御籤による占い、厄病よけや雷よけのまじない、死や産にかかわる忌み、ものもらいの民間療法などを記す。予知(予兆)・占いと呪い・物忌み・民間療法の節に分け、項目ごとに地区の言い伝えを地区名とともに並べる。