裸の氏子が奪い合う箱崎の玉取祭
どんな伝承か
筑前一の宮の箱崎八幡宮では、毎年一月三日に玉取祭が行われる。由来ははっきりしないが、数百年来氏子が続けてきた神事である。昼前、高祖城主原田氏が奉納したと伝わる木の玉二つを油で清める玉洗式があり、玉は末社の玉取恵比須へ運ばれる。祭典が終わると神官が雄玉を投げ入れ、箱崎と馬出の裸の氏子が二手に分かれて奪い合う。冷水を浴びせられながら押し合い、人の塔を作るほどの激しさで楼門へ競り込み、玉が自分の側の総代の手に渡ると歓声が上がる。玉を取った町はその年の吉兆として祝うという。
原典より
玉をこり得た町は凱歌を奏して戰勝を誇りその年の吉兆こしてこれをここほぐのである。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。