鳥文学士・三石勝五郎の易
どんな伝承か
大学に出ることが珍しかった時代、早稲田大学文学部に学んだ入沢出身の三石勝五郎は、「鳥文学士」と呼ばれ奇行の多い人物だった。海瀬唱歌の作詞者として当時の児童の心に明治ロマンの残照を印象づけた後、西田天香の影響を受けて心の遍歴を重ね、大正末期から昭和十八年頃まで東京小石川伝通院前の街頭に立って易を見た。その後郷里に帰り佐久を中心に易者や文学活動をして、世俗の脚光を浴びることなく亡くなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐久町誌 民俗編――俗信(佐久町(編)・佐久町誌)
『佐久町誌 民俗編――俗信』は、十石峠から横岳に及ぶ佐久町の町誌のうち、町内の俗信を扱った民俗編の一部である。大日向・余地・高野町・上区・花岡など各地区で採集した天候や作柄、火事や死の予兆、夢と縁起、易者や戸隠神社の御籤による占い、厄病よけや雷よけのまじない、死や産にかかわる忌み、ものもらいの民間療法などを記す。予知(予兆)・占いと呪い・物忌み・民間療法の節に分け、項目ごとに地区の言い伝えを地区名とともに並べる。