怪我人が出て埋められただんじり
どんな伝承か
三田市乙原では鎌倉から室町にかけて八幡大菩薩を氏神とし、長男が氏子入りする「お当」の行事はいまも続いている。古い社地は南北の千丈山の字界にあたり、旧観音寺跡から北へ百メートルあまり進んだ道の曲がり角、雑木の陰の大岩の根方に、軒の高さ三十センチほどの厨子形を彫りこんだ斎殿の跡が残る。社殿は氏神天満宮の摂社として移され建て替えられた。現在の天満宮は天正五年に京都から勧請したと伝える。この宮の祭礼にだんじりを新調したところ、出すたびに怪我人が出るので、神意に沿わぬのだろうと社地のどこかに埋めたといい、後年あちこち掘り返しても見つからなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。