焼き討ちで消えた千丈山の観音寺
どんな伝承か
千丈山にはかつて寺があって焼き討ちに遭った、という話は多くの人が口にする。ただ、寺が山の上にあったのか、中腹か麓かは人によって言うことが違い、はっきりしない。本尊の聖観音は焼けた後、旧八幡社から南へ百メートルほどの所に建てた小さな庵に祀られた。徳川の末に庵は守る者がいなくなり、学制が敷かれると庵を乙原地区の千丈小学校の校舎に充てたため、本尊は天瑞寺へ移されたが、先年の火事で焼けてしまった。千丈小学校はのちに小野の松尾小学校と合わさって千松小学校となり、いまの小野小学校へとつながっている。
原典より
千丈山に寺があり、焼き討ちされたとの伝承は多くの人の語るところであるが、その位置については、山上・中腹・山麓と諸説区々で明確でない。—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。