三田市の伝承(60話)
広告枠(AdSense)
- 十三 ≪昔ばなし≫の子育て
- 摂津三田での大黒天木像降下と「天忠人」による暴力 — 三田町
- 三田町周辺での村民による権力への抵抗 — 北郷西郷
- 三田後家宅の大黒天木像降り
- 三田北郷の役人打擲・入牢 — 北郷西郷
- 松住大権現の磐座 — 乙原(千丈寺山)
- 千丈山観音廃寺の焼き討ち — 乙原(千丈寺山)
- 戸守の鍾馗(疫病除け) — 上青野
- 狐狸の怪――重箱を襲う狐 — 末西
- もとは18戸ほどの小村だったが — 小野乙原
- 三田の殿様が毎年鹿狩りに訪れては増田本家に宿をとり — 小野乙原
- 花山上皇の隠棲を慕って来た12人の妃が創建した尼寺に地名が由… — 小野(尼寺)
- 下青野が古く上青野が新しいとされ — 上青野下青野
- 各所に窯跡と須恵器があり陶部が住んで須恵ノ邑となったと伝える — 末
- 末村は古名を曽石村といい — 末
- 多田頼親の子孫が高平村に居を構え門構えに大樹が茂り森本を姓とした — 末西
- 北浦は末東の出村と伝えるが末東からの移住者はなく(末東は禅宗… — 北浦
- 末の野原だった末野は — 末野
- 鎌倉〜室町期は八幡大菩薩を氏神とし長男の氏子入り「お当」行事… — 乙原
- 天満宮の祭礼にだんじりを新調したが — 乙原
- 山頂近くの磐座に祀られる松住権現は — (南千丈寺山)
- 旱魃時は権現に「曇れ — 母子(千丈寺山)
- この家の松治郎は毎夜誰かが訪れ小声で話し外へ出かけ — (千丈寺山)
- 幼少から神官の薫陶を受けた小東は14才頃より神懸りするようになり — 大原
- 小東によれば権現は偉丈夫で — (千丈寺山)
- ある時権現が顔を血塗れにして現れ「勝の乗った車が事故を起した… — (千丈寺山)
- 権現の神格昇進祝いに一同で急峻な獣道を登った — (千丈寺山)
- 末西・末東の両社は加茂の氏神の御子(姉神・弟神) — 末西末東
- 加茂祭は日照りの年に雨乞いの願をかけ — 加茂末西
- お宮詣りが遠いので北浦に宮を建てようと3人が奔走 — 北浦末東
- 末東の宮に神体が二体あるのには由来があり — 末東
- 法道仙人が千丈寺山に七堂伽藍を建て青林寺と号したが — 下青野(千丈寺山)
- 末西の観音像は行基作で戦火を避け池に投げ込まれた — 末西
- 中大兄皇子が黒川雄宇戸の館に滞留し娘刈姫との間に美宇和王が生… — 小野風呂ヶ谷
- 美宇和神社創建300余年後 — 小野有馬富士
- 風呂ヶ谷の稲荷社の近くにあった三輪大明神の小社を — 小野風呂ヶ谷
- 花山院は女人禁制で — 小野(花山院)
- 灌漑池に続く雑木林に中世の宝篋印塔や無縫塔が立つ古墓があり — 上青野鍔坂口
- 立石城主山崎が平福寺の本尊に上青野正福寺の薬師如来を望んだが… — 上青野下田中
- 末東の居屋山中腹に10坪ほどの平地があり幸福寺跡とされる小庵で — (居屋山)
- 末の安楽寺は明治30年頃廃寺となった — 末
- 乙原に城跡が2つあり — 乙原ヘラ谷奥
- 上青野の路傍墓地に無縫塔・五輪塔・宝篋印塔などがあり — 上青野
- 千丈寺山続きの城主が光秀来攻に備え — 末西(千丈寺山)
- 山崎方来攻の報に城兵は竹の皮を敷いて敵を滑らせたが — 上青野広野
- 古屋敷を耕作する森本家で — 上青野鍔坂口
- 末西奥本家の兵蔵は大兵肥満の剛の者で大阪相撲の枝川親方に入門… — 末西
- 飢饉の強訴で青野辺の百姓が竹槍や掛矢を持ち鉦太鼓を鳴らして庄… — 青野加茂
- 末の門を襲い三田へ乱入する噂を聞き村人が振舞酒を用意 — 加茂
- 山の「ご前待場」は見通しのよい尾根で殿様が銃を構え
- 祖父が下男を連れて夜12時頃おうふ越を通ると突然「ウォーッ」… — おうふ越(鈴蘭台)
- 三田で乾鰯を買った男が牛を連れ夜2時に帰る途中 — 下山(赤門)
- 加茂の人々が金刀比羅山で鉦や太鼓を打ち鳴らし「戻せ — (金刀比羅山)
- 笑話 — 乙原
- 雷を叱った加茂の神 — 桑原
- 嫁殺しまち — 貴志町下井沢(嫁ヶ淵)
- 普明寺の什物である多田満仲の駒頭がここから出たというので駒塚…
- 通幻・清水観音の申し児 — (永澤寺)
- 永澤寺・母子村の通幻 — (永澤寺)
- 欣勝寺・通幻の火車退治 — 母子(欣勝寺)