竹の皮の計略も破れた城の焼き討ち
どんな伝承か
末西の奥本元治が伝える話では、千丈寺山から続く山に城があった。城主は明智光秀が大軍で攻めてくると聞き、前もって用意していた竹の皮を城のまわりの山一面に敷きつめた。こうしておけば勇猛な兵でも足をとられて戦えず、ひるんだところへ山の上から木や石を落とせば敵は総崩れになると安心していた。ところが光秀はこの仕掛けを見て取ると、兵を遠巻きにとどめたまま火を放ったため、城主をはじめ一人残らず城とともに焼き討ちにされてしまったという。この落城の話は、青野城の落城の言い伝えが取り違えられたものではないかとも見られている。
原典より
ところが、さすがは智将明智光秀、この様子を見て兵を遠巻きに待機させて火を放ったので、城主をはじめ1兵残らず城と共に焼き討ちされてしまった」と伝えている。—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。