出村と伝えるが移住者のない村の由来
どんな伝承か
北浦は末東の氏子であり、その出村と伝えるが、末東から移った家はない。末東は禅宗、北浦は全戸浄土真宗である。二〇〇年ほど昔、寛延・宝暦の頃かに他村から来住したものらしく、北浦村として三田藩の允許を受けたのは、『門野氏郷土話』には寛政二年(一七九〇)であるとしている。
原典より
北浦は末東の氏子であり、その出村と伝えるが、末東から移った家はなく(末東は禅宗・北浦は全戸浄土真宗)200年ほど昔(寛延・宝暦の頃?)に他村から来住したらしく、…—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。