四畝城の武士と口封じの七人みさき
どんな伝承か
北房には七人みさきと呼ばれる祠が二か所ある。菅野の集落では北にある山の頂に古い宝篋印塔が据えられており、戦国のころ南方の四畝城をめぐる攻防で矢に当たって果てた七人の武士を弔ったものだと伝える。もう一つは能楽の集落の西の入口、山裾に構えられた小さな社である。こちらは、昔この地に財宝を埋めた者が、口を封じるために作業にあたった七人を殺し、その霊を祀ったのが起こりだという。埋めた場所を示す文句として、朝日さす夕日三間宝は三つ葉ウツギの元に有り、という言葉が伝わるが、掘り当てたという話は聞かれない。
原典より
菅野部落の北の山の頂に古い宝篋印塔がまつられている。—— 北房町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北房町史 民俗編
『北房町史 民俗編』は、北房町の町史民俗編のうち、第十二章「伝説と昔話」の第一節「伝説」を収めたものである。上水田・菅野・中津井・宮地など町内の在所に伝わる、郡様の腰掛岩、菅野の七人みさき、八天狗の火消し、駒繋ぎの絵馬、長力牛之介の伝説、犬塚、断頭様、姥捨山、盗人が迫などの話を載せる。岩・泉・塔・社・地名ごとに見出しを立て、その場所と由来の言い伝えを短く記す。