湯荒神と吉備津彦命の湯封じ
どんな伝承か
湯神の国道から少し山を登った所に木造の社があり、湯荒神と呼ばれている。この神は真賀へ帰りたいので真賀までむしろを敷き詰めてくれと望んだが、敷かれることはなかったという。湯神の湯は真賀に預けてあって、真新しいござを真賀から湯神まで敷けば戻ってくるとも伝わる。吉備津彦命は賊を討つため何度もこの地を訪れ、澄んだ谷水に身を浸したので、尊い水の意から湯荒神を祀るようになったという。命が賊を打ち負かしても深手の賊はすぐ治って再び暴れたため、山を探ると湯が湧いていた。命はその湯を封じ、ようやく賊を鎮めたと伝わる。社の脇の五輪石は大野主馬の頭の墓とされ、旧山田村との境からこの旧宮地村の地へ移されたという。
原典より
吉備津彦命は、この地方を荒す賊を幾度か退治したが、深手を負った賊は、またなおって悪事を働くので不思議に思い、山を捜すと湯が湧いており、命は湯を封じてついに賊を平定した。—— 北房町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北房町史 民俗編
『北房町史 民俗編』は、北房町の町史民俗編のうち、第十二章「伝説と昔話」の第一節「伝説」を収めたものである。上水田・菅野・中津井・宮地など町内の在所に伝わる、郡様の腰掛岩、菅野の七人みさき、八天狗の火消し、駒繋ぎの絵馬、長力牛之介の伝説、犬塚、断頭様、姥捨山、盗人が迫などの話を載せる。岩・泉・塔・社・地名ごとに見出しを立て、その場所と由来の言い伝えを短く記す。