老人が刻んだ芋岡の身替り観音
どんな伝承か
北房町の中津井、芋岡の近くに、毎日観音様にお参りして拝むことを唯一の楽しみにしていた老人がいた。才田城の攻防戦で中津井の里は焼野が原となり、老人がいつものように参って拝むと、観音様は盗まれてお姿が無くなっていた。そこで老人は自ら観音様を刻むことを決心し、一心に経を唱えながら彫り上げた。その日、老人は静かにあの世へ旅立ったという。この像は身替り観音として祀られた。その後、伯耆の根雨の方から観音様のお声が聞こえ、盗まれた像は元の芋岡へお戻りになった。今はその十一面観音の御そばに身替り観音も祀られ、大勢の人々に御陰を授けているという。
原典より
其の後に伯耆の根雨の方から、観音様のお声が聞こえ、元の芋岡へお戻りになった。—— 北房町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北房町史 民俗編
『北房町史 民俗編』は、北房町の町史民俗編のうち、第十二章「伝説と昔話」の第一節「伝説」を収めたものである。上水田・菅野・中津井・宮地など町内の在所に伝わる、郡様の腰掛岩、菅野の七人みさき、八天狗の火消し、駒繋ぎの絵馬、長力牛之介の伝説、犬塚、断頭様、姥捨山、盗人が迫などの話を載せる。岩・泉・塔・社・地名ごとに見出しを立て、その場所と由来の言い伝えを短く記す。