泥棒を殺めた手を忌む隠し餅
どんな伝承か
古市場の矢口イッケでは、かつて三が日の間、お飾りはしたがお供え餅をあげず、雑煮も作らなかった。代わりに三が日は赤飯を炊いて食べていた。ひいおじいさんに聞いた話として、昔、正月を迎える餅をついていたところへ泥棒だかが入り、追いかけて行って、餅をついていた手のまま殺してしまった。それで手が穢れたので、「隠し餅」といって三が日はお供えをあげないことにしたのだという。話者の矢口武司の家では、昭和四十四年から商売を始めたこともあり、この家例はしなくなった。
原典より
それで手がけがれたので、「隠し餅」といって三が日はお供えをあげないことにしたのだという。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)