雨生池の大蛇を先祖とする五十嵐家
どんな伝承か
当村和泉田の五十嵐家の先祖は大蛇であると伝える。越後の笠堀村に五十嵐甚左衛門という長者がおり、美しい一人娘がいた。ある夕暮れ、気品ある旅の若侍が宿を乞い、夜を語り明かして夜明け前に去り、以来毎晩通った。秋には娘が身ごもったが、若侍は名を明かさない。母の教えで着物の裾に糸を通した針を刺し、糸をたどると山から川へ続き、五十嵐川上流の池のほとりに至った。倒れていた若侍は、自分は池に住む主の大蛇で、契りが神に知られ、鉄の針を刺されてまもなく絶命すると告げ、赤い布包みを渡して沼底へ消えた。生まれた子は小文治と名づけられ、脇の下に鱗が三枚あり、八歳で怪鳥を射止めたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説(南郷村(編)・南郷村史)
『南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説』は、南郷村の村史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。奥会津に語られる昔話を方言のまま書きとめ、きのこの化け物、食わず女房、三枚のお札、天女の羽衣などを語り手の地区と名を添えて載せ、伝説では高倉宮以仁王、蛍堂、箱渕のきつね、萩山稲荷の萩太郎、天狗の飛礫などを伝える。昔話と第二節「伝説」に分かれ、末尾に参考資料の一覧を付す。