乞食が宿にした洞窟ホイト岩
どんな伝承か
界集落との境、下宮床の麓に緑青の吹いた岩山があり、その岩壁に四畳敷ほどの洞窟がある。昔からこの洞窟は乞食の泊まり宿で、ここで出産する乞食もあったという。生まれた子も成長して乞食となり、方々を歩くうちに巡査に住所や氏名を問われると、自分はそこらの乞食とは違い、高倉宮以仁王ゆかりの深い会津は伊南郷の宮床の生まれだと胸を張って答えたという。宮床生まれは頭がよく、乞食の頭領となった者が多かったといわれる。当村の家々を回った乞食は法衣を身にまとって物を乞うたことから法衣人と呼ばれ、いつしかホイトと呼ばれるようになり、その住んだ洞窟を法衣人窟と書いてホイト岩というようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説(南郷村(編)・南郷村史)
『南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説』は、南郷村の村史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。奥会津に語られる昔話を方言のまま書きとめ、きのこの化け物、食わず女房、三枚のお札、天女の羽衣などを語り手の地区と名を添えて載せ、伝説では高倉宮以仁王、蛍堂、箱渕のきつね、萩山稲荷の萩太郎、天狗の飛礫などを伝える。昔話と第二節「伝説」に分かれ、末尾に参考資料の一覧を付す。