四か村の草を食い尽くした大牛
どんな伝承か
昔、和泉田村に大きな牛がいた。富沢山の草を食べ尽くし、下山村まで首を伸ばして山の草を食べ、さらに片貝村、界村まで首を伸ばして茅場の草まできれいに平らげてしまった。怒った界村の申し入れで和泉田村は牛を殺すことにしたが、鉄砲で撃っても死なず、四か村の人々が首に縄をかけてようやく引き倒した。皮は大きすぎて張る場所がなく、伊南川に杭を打って張ったため、川には和泉田と下山を結ぶ木の橋一本しか架からなかった。肉は食べきれないほどで村は富み、のちに富田村と呼ばれたという。肉を分けなかったことから、伊南川を挟む東西の争いが絶えないとも伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説(南郷村(編)・南郷村史)
『南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説』は、南郷村の村史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。奥会津に語られる昔話を方言のまま書きとめ、きのこの化け物、食わず女房、三枚のお札、天女の羽衣などを語り手の地区と名を添えて載せ、伝説では高倉宮以仁王、蛍堂、箱渕のきつね、萩山稲荷の萩太郎、天狗の飛礫などを伝える。昔話と第二節「伝説」に分かれ、末尾に参考資料の一覧を付す。