堰普請の人柱となった六部の祟り
どんな伝承か
和泉田の田へ引く用水は伊南川をせき止めて取り入れる。昔はカリヤスを組み立てて沈める仕事で、村人が三日も四日も休みを取って出役し、若者が川に飛び込む命がけの普請であった。ある年、難工事に苦しむ村人に通りがかりの六部が、人柱を立てねば成就しないと告げ、自ら志願して蓄えた金を託し、供養碑を建ててほしいと遺言して伊南川に身を投げた。普請は無事終わったが、若者たちはその金を工事慰労の酒肴代にしてしまう。宴の最中に雷鳴がとどろき伊南川は荒れ狂い、以後も普請の日には必ず雨が降った。六部の祟りとして石碑を建てて供養すると嵐はやんだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説(南郷村(編)・南郷村史)
『南郷村史 第5巻(民俗編)――昔話と伝説』は、南郷村の村史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。奥会津に語られる昔話を方言のまま書きとめ、きのこの化け物、食わず女房、三枚のお札、天女の羽衣などを語り手の地区と名を添えて載せ、伝説では高倉宮以仁王、蛍堂、箱渕のきつね、萩山稲荷の萩太郎、天狗の飛礫などを伝える。昔話と第二節「伝説」に分かれ、末尾に参考資料の一覧を付す。