鬼門の瓦にしるしを付ける家
どんな伝承か
大治町の家々では、屋敷の北東にあたる鬼門を、霊の通う方角として気にかけてきた。屋敷に神を祀るならこの鬼門に置くという家もあるが、たいていは鬼門には何も建てずにおく。分家を出すときには、キモンアケと称して、新しい屋敷地のうち鬼門にかかる一角を本家の土地として残しておくこともあった。砂子では母屋の屋根でも鬼門の向きの瓦を切ってしるしを付ける。鬼門と向かい合う南西はアマツボと呼ばれ、そこにも建物を建ててはならないといわれる。
原典より
母屋でも鬼門の方角の瓦は切って印しを付けておく(砂子)。—— 大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信(大治町(編)・大治町民俗誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信(大治町(編)・大治町民俗誌)
『大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信』は、名古屋に接する尾張の大治町の民俗誌の下巻から、信仰にかかわる節を収めたものである。辻の地蔵や秋葉・津島の小祠、荒神・井戸神などムラとイエの神、天王祭り・虫送り・雨乞いなどの祈願、キツネツキ・タヌキ・天狗の神隠し・火の玉・ナンドババアの怪異を、大字ごとの聞き書きで記す。第五節から第九節までで、予兆・禁忌・まじない・民間療法を挙げる俗信の節と、高度経済成長後の信仰の変化を述べる節で終わる。