墓地を背にし人骨の出た観音堂
どんな伝承か
竜生の隣の八十内にある観音堂は十一面観音を本尊とする。縁日は旧暦六月十七日で、十四日を宵祭りとし、境内の子育て地蔵を祀った。この日は各家の主婦が重箱に団子を詰めて供え、拝んだあと子供に分け、残りは持ち帰って家族で食べた。十五日からは餅がつかれ、十七日の本祭りには呼び呼ばれがあり、二十四日の縁日にはヤグラを組んで踊った。ところがこの観音堂の背後は墓地になっており、近くの桑畑からはかつて人骨がよく出たという。惣五郎内の観音様も墓地の中にあり、いずれももとは死者の供養や先祖の祭りを担っていたと考えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。