稲荷の馬を授かった馬子万蔵
どんな伝承か
小坂峠に住む博打好きの馬子万蔵が、負けて空馬を引いていた時とも、七ヶ宿街道の旅人を運んで小坂から小原へ向かっていた時ともいうが、みすぼらしい白髪の老人に出会い、一晩泊めて夕食も振る舞った。翌朝、老人の姿は消え、前日出会った峠に立派な三頭の馬を連れて立っていた。老人は稲荷大明神の化身だと名乗り、礼にこの馬を京都で売れと告げて消えた。万蔵は峠に稲荷を祀り、のちに修業して祐観という院号を得、イリ山に三年籠った。弘化四年、八十いくつかで没する際、三年たったら掘れと遺言し、掘ってみるとミイラになっていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県白石市下戸沢民俗調査報告書――伝説・怪異
『宮城県白石市下戸沢民俗調査報告書――伝説・怪異』は、宮城県白石市の下戸沢地区で行われた民俗調査の報告書である。年の暮れの行事の記述に続いて、白石川の淵や山の地名の由来、蛇骨沢や鎌倉岩、三丈滝の不動明王、万蔵稲荷、鬼婆、ガマ仙人、狐に化かされた話などを収める。口承文芸は昔話・伝説・世間話の三つに分け、一話ごとに題を立てて土地の人の語りを短くまとめ、行事の項には注を付す。