あばら家に満ちた蝶と黒髪の白骨
どんな伝承か
蝶の妖しい話が宮城県地方にある。奥州白石あたりを旅する侍が、蔵王の山麓にさしかかった。ひと息つこうと一軒のあばら家の戸を叩いたが返事がない。戸を開けて一歩踏み込み、侍は息をのんだ。暗い座敷に、幾千幾万とも数えられぬ蝶が美しくまばゆく重なり合っていたのである。明かり取りの戸を開けた瞬間、蝶どもはいっせいに、虹が立つように羽音もなく涌き立って飛び去った。蝶のいたあたりには、黒髪だけがそのままの女の人骨が横たわっていた。里びとに問うと、この女は蝶を愛し、蝶を求めて蔵王をたずねたまま戻らず、このあばら家で息を引き取り、からだじゅうから湧いた蛆が蝶となって飛び立ったのだろう、と答えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年))
『怪談の世界』は、山田野理夫が昭和五十三年に著した怪談の研究随筆である。遠野での佐々木喜善と柳田国男の出会いから説き起こし、家・山・木・石・道・水・火に現れる妖怪、憑き物、鬼と天狗、生霊・死霊・幽霊の話を、著者の聞き書きや各地の民俗資料、古典・芝居から集め、沖縄の話で結ぶ。章立ては江馬務と柳田国男の妖怪分類を参考にしたもので、民俗学の資料と文学作品の両面から怪談をとらえようとしている。