牛の姿で蘇った強欲な広虫女
どんな伝承か
『日本霊異記』に載る話である。讃岐国美貴郡に広虫女という人妻がいた。八人の子を持ち財産も多かったが、信心がなく欲深で、施しは一切せず、貸したものには何倍もの利息をつけて取り立てたので、領民は家を捨てて流れ歩いた。宝亀七年に病に伏した広虫女は、閻魔王から三つの大罪を告げられた夢を子らに語って死んだ。寺の物を勝手に使ったこと、酒を水で薄めて売ったこと、枡や秤を貸すときと取るときで使い分けたことである。七日目に棺の蓋が開いて生き返ったが、腰から上は牛となり額に角が生えていた。家族は恥じ悲しんで三木寺や東大寺に財物を寄進し貸しを帳消しにしたが、広虫女は五日後に死んだ。
原典より
腰より上は、既に牛と成り、額に角を生えること、長さ四寸計なり。—— 怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年))
『怪談の世界』は、山田野理夫が昭和五十三年に著した怪談の研究随筆である。遠野での佐々木喜善と柳田国男の出会いから説き起こし、家・山・木・石・道・水・火に現れる妖怪、憑き物、鬼と天狗、生霊・死霊・幽霊の話を、著者の聞き書きや各地の民俗資料、古典・芝居から集め、沖縄の話で結ぶ。章立ては江馬務と柳田国男の妖怪分類を参考にしたもので、民俗学の資料と文学作品の両面から怪談をとらえようとしている。