屋根に揚がる血の滴る生首の凧
どんな伝承か
東海道四谷怪談は文政八年、浅草の中村座で忠臣蔵と二本立てにして掛けられた。二日がかりで通す興行で、大変な評判を取ったという。上演が決まると、中村座は一月も前から芝居小屋の屋根の上に凧を揚げた。凧には血のしたたる生首が描かれている。その薄気味の悪い絵を見ようと客がさらに詰めかけ、連日の大入りとなって、興行は三月にわたって続いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。