行き倒れの老人が残した銀杏
どんな伝承か
大正の中頃、木枯の吹く寒い晩のことであった。下千里南原のとある農家の戸を遠慮がちに叩く一人の老人があり、宿がなくて途方に暮れている、泊めて頂けまいかという。見れば身すぼらしい風体で、風呂敷包を一つさも大事そうに抱えている。情け深い主人はこの寒空に宿を求める老人を哀れみ、何もないが泊まるくらいならと泊めてやった。翌朝、客がなかなか起きて来ないので見にやると、床の中で既に静かに息を引き取っていた。遺体と持物を動かすと銀杏の実が七粒ほど転げ落ちた。家の人はこれも仏の供養と思って背戸の空地に蒔いたところ三粒が芽を出し、うち一本は新田町の西願寺に、一本は開業間もない夜ノ森駅に移し植えられた。
原典より
昔、といってもさ程古くはない大正の中頃(約七十年ほど前)のことである。—— 富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗))
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)』第九章所収の昔話と伝説。福島県双葉郡富岡町(震災前)に伝わる口承を採録する。