マンマに由来する間々田の地名
どんな伝承か
昔この一帯には見渡す限りの水田が開け、飯となる稲がよく実る土地だったので、飯田と呼ばれていた。ところが土地の言葉ではご飯のことをマンマと言うため、飯田はいつしかマンマダと呼ばれるようになり、のちにその音に間々田の字が当てられたという。
原典より
ところが、この飯、ご飯のことをここでは方言でマンマといっているところから、飯田の地名がマンマダとなり、後世「間々田」の字があてられたという。—— 小山市史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山市史 民俗編
『小山市史 民俗編』は、小山市の市史のうち民俗を扱う編である。第九章「祭りと民俗芸能」の終わりで小薬北若連・武井の若連が担う囃子と下生井の囃子を記し、第十章「民話・民謡・ことわざ・方言」では間々田・土塔・粟宮・下生井など市内各地の伝説と昔話を、小山城の落城や小山氏、藤原秀郷にまつわる話を多く含めて紹介する。伝説は自然伝説・信仰伝説・歴史伝説の三つに分け、伝承地を添えた伝説名の一覧と主な話のあらすじを掲げ、昔話は土地の言葉のまま載せる。