小治郎の地名と塚
どんな伝承か
小野四倉線の県道が新町に入るところに、小治郎という部落がある。この一帯は古く湯ヶ原といい、大字谷津作に属している。もとの磐城街道は東手の山際の高いところを通る細道で、県道を含む一帯はひどい湿地であった。戊辰の役のとき、平から進軍してきた小治郎という官軍の隊長がこの湿地にはまって戦死したと伝えられ、その名が字名になったという。道筋に面した郡司家の裏山には「大覚本空居士」と刻まれた石碑があり、右側に小さく小治郎塔と記されている。今も同家で供養している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史)
『小野町史 民俗編――伝説』は、小野町が編んだ町史の民俗編から、第九章「ことばと伝承」の第一節「伝説」を収めたものである。田村郡小野庄にあたる町内の館主や城主の没落、坂上田村麻呂や八幡太郎、小野篁・小野小町にまつわる話、デンスケ坊の祟り、河童の恩返し、大蛇や名石・埋宝の話など五十四編を、大半は地元の人からの聞き書きで収める。村川友彦の「はじめに」と地域の特色の解説を置き、伝説を大字(旧村)ごとに並べ、語り手の名を添える。