殺された法印理聖院の祟り
どんな伝承か
宮ノ下の三町ばかり上の方に村の共同墓地があり、そこに理聖院という法印坊主が住んでいた。ある年の春先、松ヶ堰の堰普請に村人が集まったが、朝の早い法印の家の戸が日が昇っても開いていない。不審に思った村人が戸を叩いても答えがなく、破って入ると法印は殺されて冷たくなっていた。村人はすぐそばの墓地に埋葬した。間もなくおシカという女が死んで法印の上手に葬られると、上座に埋まったというので法印がおシカの家に祟ったという。その家はしだいに貧しくなって北海道へ移ったが、後に成功して帰り、また祟られてはならぬと法印の墓を上の方へ改葬したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗))
『小野町史 民俗編』第九章所収の伝説。福島県田村郡小野町に伝わる口承を採録する。