例二 刀剣鑑定家の靈の華押
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どんな伝承か
昭和七年、東京・中野の刀剣鑑定家柿沼鉉太郎は、審定の難しい古刀を持て余し、信仰していた惟神本道教団本部を訪ね、神主本田氏に神霊を降ろしてもらい鑑定を仰いだ。名鑑定家として知られた本阿彌喜三次の霊が現れて秘蘊を伝授し、以来柿沼は喜三次の霊と二十回ほど会見したという。ある霊憑りの席では、行光の父・行平作と鑑定した刀の由来を告げたのち、本来は動かないはずの本田氏の右手を使って自ら華押を書き記してみせた。
原典より
東京の中野の柿沼鉉太郎氏は、刀剣鑑定の道に長け、且つ、許多の古刀を秘蔵しあるが、その古刀中には、現今の刀剣鑑定の智識にては、どうしても審らかに爲し難い點のあるものがあるので、昭和七年、かねて信仰してゐる惟神本道敎團本部へ…—— 心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期)
心霊研究家・岡田建文の『心霊不滅』。唯物科学を批判し、肉体死後も心霊(心識)が不滅であることを古今東西の事例で立証しようとする心霊科学書。序説でイオン研究所のエーテル体撮影や、神戸の歯科医方で死去した令嬢朝子の消息を語ったセキセイインコ、タイタニック沈没時の挿話を置く。
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