落城の暮れを忘れぬ戸塚の餅絶ち
どんな伝承か
戸塚では暮れに餅を搗かない習わしがある。このあたりは城山と呼ばれ、岩槻の小宮山弾正の出城があったが、ある年の戦で城が落ちてしまった。それが暮れの二十八日だったので、城下の町家までこぞって正月の餅搗きを慎み、ひっそりと過ごした。それ以来、暮れに餅を搗かなくなったのだという。別の言い伝えでは、大晦日に城で餅を搗いて年越しを祝っていたところへ敵が攻め寄せ、城が滅んだからだともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。