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義綱の三年の逗留と三才の地名

所在地茨城県常陸太田市三才町
年代康平五年
登場加茂次郎義綱、源頼義、義綱の父
出典常陸太田市史 民俗編――伝説

どんな伝承か

康平五年、源頼義の次男である加茂次郎義綱がこの地方に下ってきたとき、作物の出来が悪かった。そこで義綱は兵糧を蓄えるため、三年にわたってこの地にとどまったという。三才という地名は、この三年間の逗留から生まれたと言い伝えられている。

原典より

康平五年、源頼義の二子加茂次郎義綱下向のとき、作物が不良であったので、兵糧を貯えるため三年の間この地に止まった。—— 常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史)

『常陸太田市史 民俗編――伝説』は、常陸太田市の市史民俗編のうち、第五章「ことばの伝承」の伝説と昔ばなしの部分である。第一節「伝説」は市域の伝説を自然的伝説・社会的伝説・歴史的人物伝説・信仰的伝説の四つに分け、国見山・赤沼・源太郎狐・十王坂・舞鶴城・義家・親鸞・徳川光圀・真弓山の天狗などの話を記す。社会的伝説には地名のいわれや塚・城跡の伝承が多く、第二節「昔ばなし」は冒頭の三話だけを収める。

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地名由来兵糧源氏凶作

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