明治に振り回された大祭礼の日取り
どんな伝承か
明治の祭日統一はまったく人為的なもので、新しい町村制のもとで集落のつながりを弱めて町村のまとまりを強め、あわせて出費を抑えるねらいがあったと原典はいう。その一例が熊本県菊池郡のあたりである。ここではもともと大祭礼は毎年秋の九月十九日だったが、明治になってたびたび変えられ、新暦の十一月十九日が十数年続いたのち、さらに十一月二十一日となった。大津町を除く二、三里四方の村々はみなこの日に祭りを行い、客も招かずごく質素にしていたが、大正三年に県庁の諭示でもとに戻り、村ごと社ごとに祭日が別々になったという。
原典より
大津町を除くのほかは二、三里四方の村々はみなこの日に祭りを行なうことになり、来客もなく至って質素を旨としたが、大正三年、県庁の諭示によってまたもとどおりになり、…—— 日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。