人魚の漂着と秀衡の子の滅亡
どんな伝承か
人魚は往々にして海岸に流れ寄ることがあり、これを不吉として寺社で祈禱した。鎌倉幕府のころ出羽の海へたびたび流れ寄り、そのたびに鎌倉へ注進し、占わせると兵乱の兆があるというので祈禱をしたと『北条五代記』は伝える。文治五年の夏、そとの浜へ人魚が流れ寄り、その秋に秀衡の子が滅亡したという。同じ書は、建仁三年四月に津軽の浦へ人魚が流れ寄った年に将軍実朝が殺され、建保元年の夏に秋田の浦へ流れ寄った年には和田義盛の戦があったと記し、人魚の漂着を兵乱の予兆として並べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など日本の伝説に現れる動物を取り上げ、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどる。序論で起原・歴史的変遷・分類を論じたのち二十六の項目を立て、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。