日澄寺を女寺とする家が多い理由
どんな伝承か
千葉県安房郡天津小湊町天津の善覚寺檀家における半檀家三十九戸のうち、十九戸が日蓮宗日澄寺との組み合わせであり、しかもその中では日澄寺を女寺とする家が特に多かった。日澄寺は、誕生寺や清澄山をすぐそばに控える当地で大きな力を持っていたためではないかと考えられている。善覚寺の檀家には紀州出身者が多く、真宗の信徒として寺をおこしたが、村づきあいの中で女子が日蓮宗日澄寺に引きつけられていったのではないかと推測されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・1984年(昭和59年))
『霊魂の行方』は、最上孝敬の葬送習俗に関する論説を集め、名著出版が昭和五十九年に刊行した論集である。死者の霊を家から送り出す霊送りやカラダビ、骨掛け、男女別墓制と半檀家、無縁仏、盆と施餓鬼、葬儀の水など、千葉・埼玉をはじめ各地で聞き取った習俗と既刊の報告をもとに論じる。「霊送りとその周辺」「葬送の諸問題」「葬祭の民俗」の三章に二十八篇を収め、巻末に初出一覧、大島建彦の解説、年譜、著作目録を付す。