日蓮の窟に生じる霊験の塩
どんな伝承か
小湊の誕生寺は日蓮の生まれた跡で、近くに日蓮が矢傷を養生したという岩窟があり、今は日蓮像を安置した庵がある。著者が川普請の御用で誕生寺に参り、土地の老人の案内で窟に立ち寄ると、内側に白く塩が付いていた。土地の者や供の者は、山の上で塩が生じるのは宗祖の悲願のおかげで、諸国の参詣人がこれを持ち帰って目を洗い傷を治すとよく効くと語り、日蓮宗の供は紙に包んで懐に入れた。ところが先の村々を越えて行くと、海に近い岩や古木、道端の石地蔵や踏み石にまで、潮風のせいか同じように塩が付いていた。わずかなことも神仏にかこつければ霊験になるものだと、著者は笑っている。
原典より
此塩は山上にて此通生じ候事、偏に宗祖の悲願なれ。諸国より来る道者・旅人等、此塩を貯へ眼を洗ひ或ひは疵などを治す、至て妙也—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。