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神名と仏名の二つの位牌を作る高倉の葬儀

所在地茨城県常陸太田市高倉(武生神社)
年代現代
登場武生神社の宮司・神葬の家280戸
出典霊魂の行方

どんな伝承か

茨城県水府村の高倉地区で、著者が水汲みの話を聞いた湯草・馬次・圷の家はいずれも神葬の家で、離れた山上の部落下武生にある武生神社の宮司が葬儀を司っていた。地区全体でも仏式の家およそ五十戸に対し、神葬祭の家はおよそ二百八十戸あるという。神葬になったのは廃仏毀釈でそこにあった寺が廃されてからで、各部落の墓地への埋葬は神式で行うが、家によっては七日目に離れた仏寺へ行ってあらためて仏名をもらう。こうして一人の死者に神名の位牌と仏名の位牌の二つが作られる。著者は、水汲みの水を葬家にとどめる習俗がこの二重性と関わるのではないかと考えている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・1984年(昭和59年))

『霊魂の行方』は、最上孝敬の葬送習俗に関する論説を集め、名著出版が昭和五十九年に刊行した論集である。死者の霊を家から送り出す霊送りやカラダビ、骨掛け、男女別墓制と半檀家、無縁仏、盆と施餓鬼、葬儀の水など、千葉・埼玉をはじめ各地で聞き取った習俗と既刊の報告をもとに論じる。「霊送りとその周辺」「葬送の諸問題」「葬祭の民俗」の三章に二十八篇を収め、巻末に初出一覧、大島建彦の解説、年譜、著作目録を付す。

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