松山城落城と龍の枕石
どんな伝承か
天正十八年、豊臣秀吉の小田原攻めの際、松山城は前田利家の大軍に包囲された。城主が不在のなか、わずか二千五百の兵で必死に守る城の前に、前田方は城代と重臣の切腹で他の者の命を助けると降伏を勧告した。城主の娘祐姫は、家臣たちの命を救うため、日没に市の川へ身を投げると申し出た。両軍に見守られ、祐姫は白装束で川岸に立ち、念仏を唱えたのち水に身を沈めた。その後、川の水は濁ったまま澄まず、川底の大石は祐姫が龍神となった姿だと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。