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松山の女沼男沼の由来

所在地埼玉県東松山市松山(下沼)
年代伝承
登場語り手、伝承者
出典東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説

どんな伝承か

戦国時代、松山城主が武田信玄への援軍を命じ、町人の与四郎も駆り出された。年老いた母と新妻を残しての出陣である。三増峠の激戦で恐怖に駆られた与四郎は脱走し、故郷に帰った。しかし家には誰もいない。仏壇には母と妻の新しい位牌があった。叔父の話では、与四郎の戦死を聞いた母は嘆き死に、妻も母の葬式後に沼に身を投じたという。絶望した与四郎は二人の位牌を抱いて別の沼に入水した。里人は三人を哀れみ比翼塚を作り、二つの沼を女沼と男沼と呼ぶようになった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)

『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。

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