岩殿観音の抜け絵馬
どんな伝承か
福島の三春から若者が坂東三十番正法寺を訪れ、雪毛と栗毛の二頭の若駒が描かれた大絵馬を奉納した。主人の大名に献上する乗馬を観音の力で立派に育ててほしいという願いだった。翌年、神戸の里では毎夜馬のひずめの音が聞こえ、都幾川で実際に絵と同じ駿馬が目撃された。同日、観音堂の絵馬から馬の絵が消え白木になっていた。若者は再び訪れ、二頭の馬が無事に成長し大名に献上できたこと、その数日前に馬が主人の家に現れたことを報告し、観音の奇蹟に感謝した。この「抜け絵馬」は有名となったが、明治十一年の火災で失われた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。