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乞食谷のいわれ

所在地埼玉県東松山市下唐子(乞食谷)
年代天正十年
登場語り手、伝承者
出典東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説

どんな伝承か

天正十年、織田信長の軍に破れた武田勝頼の家臣・馬場宗信は、母と幼い弟宗光を連れて武蔵国へ逃れた。下唐子の地に身を隠して静かに暮らしていたが、やがて生活が困窮し、乞食として生きるようになった。この地が乞食谷と呼ばれるようになったのは、落人の身分を隠しながら苦難の中で生涯を過ごした宗信の歴史に由来するとされている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)

『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。

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