落人穴の由来
どんな伝承か
鎌倉時代、曽我兄弟の変に関わった御所の五郎丸に仕えていた残党が、東松山市の唐子の里に逃げ込み、鞍掛山の都幾川沿いの崖にある畳六枚ほどの洞穴に隠れ住んでいた。村人たちは彼らの窮状を憐れみ、犬に食料を運ばせて援助していたが、この行為が追手に発覚し、落人たちと犬もろとも殺されてしまったという。地元ではこの場所を落人穴と呼び、伝承として今に伝わっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。