朝比奈三郎の祠から始まる谷根神社
どんな伝承か
谷根神社は胞姫神社・諏訪神社・天白社を合わせた社で、大正三年四月五日夜に遷宮した。最も古いのは胞姫神社で、「谷根史誌」によれば北条氏との戦いに敗れた和田義盛の三男義秀すなわち朝比奈三郎が鯨波桂山城主佐々木房綱を頼って越後へ来て、屋敷田と呼ぶ小山に居を構えて北山の麓を開き、祠を建てた。百年ほどのち村人はその祠を産土とし、上輪の胞姫神社を分祀したという。十四世紀には四条畷で敗れた楠正行の一族和田小太郎が谷根の和田小屋に身を隠し、若宮八幡宮と行興寺を建てた。諏訪社は上杉謙信が領内一万社を祈願した折に上張山麓に建ち、天白社は佐渡から来た長兵衛が勧請した屋敷神だった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。